塾員インタビュー # 20 [09/12/03]

【超実力派若手政治家特集】第一弾!衆議院議員 糸川正晃氏

糸川正晃氏は1974年に生まれ、2000年に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、2001年株式会社エル・エヌ・シーを設立、代表取締役に就任し、投資の世界で活躍。2005年の郵政選挙で国民新党から北信越ブロック比例名簿1位で出馬し、初当選。以後、国会における最多質問回数記録を打ち立て、「国会の質問王」の呼び名で国会で大活躍。2009年の総選挙では民主党から出馬し、現在二期目を務める。

今回は国会中のお忙しい中、糸川氏に「学生時代について」から「投資の世界での経験」そして「政治家として」を中心にお話を伺った。


疑問点の追究→国会の「質問王」へ

―今日はお忙しい中、本当にありがとうございます。

いえいえ、こちらこそありがとうございます。今は何年生でいらっしゃるんですか?

―僕は今2年で、政治学科です。

僕もはじめは政治学科だったんですよ。途中から法律学科に移りましたが。

―そうなんですか?ちなみにそれは何故ですか・・・?

実はね、そんな大した理由はなかったんですよ(笑)。別に司法試験のためとかでもなく。友達と一緒に「移れるんなら移ろうよ」みたいな雰囲気で(笑)。もともと法律を勉強してみたかったというのは、もちろんありましたが。宮島司先生のゼミで商法、会社法を学んでいましたね。一番デキの悪い学生でした(笑)。

―ご謙遜を。経歴が素晴らしいですが、どうして政治家を目指されたんですか?

全然やるつもりは無かったんですよ、最初は。けど、社会人として投資の経験がない人たちへのお金の教育とかをやっていくうちに、田村秀昭先生(*1)といろいろお話をして、若い人が働く環境や、日本の歪んでいる部分が見えてきました。それに、社会人として仕事に取り組んでいるうちに「なんで日本は学校でお金の教育をしないんだろう?」と疑問を持ちまして。先生に「こういう風にしたらいいんじゃないか、ああいう風にしたらいいんじゃないか」と言って。そしたら、「君ね、自分でやりなさい。人に頼まないの」って言われました。でも、自分には仕事があったので、志だけは忘れないでいたんです。そこであったのが郵政解散。そのときに先生が国民新党に参加されて、僕にも立候補のお話が舞い込んできた。これが立候補した経緯ですね。それで、もう当選直後一週間か10日くらいで小泉さんに質問させていただいたりして、そこから質問街道まっしぐらです。

*1・・・参議院議員(3期)。2005年の政界再編で民主党を離党し国民新党副代表を務めた。2008年死去、享年75歳。

―それから「質問王」と呼ばれるようになったわけですね。そのことについてどう思われていますか?

私は質問をどんどんして、目立とうと思っていたわけではなかったんです。ただ、せっかくいただいた任期なので、ただの一日も休むわけにはいかない。だから頂いた質問時間は絶対に断らないっていうことを決めたんです。だって、せっかく票を頂いても、もし次に当選できなければやめなければいけない、そういうなかでチャンスを頂いたのだから、絶対にムダにすることは出来ないので、全部やることにしました。

―そうですね。委員会にもたくさん参加されていましたよね?

ほとんど全部をやりましたね。そのおかげで、いろんな方々に可愛がってもらって。「質問王」って呼ばれているのもそうした結果ですね。僕の場合は、場を頂けたからラッキーだったわけです。ずっとラッキーで生きてきましたから(笑)

「普通の地方の人がディズニーランドに行ける国」

―糸川先生は政界に入る前は、投資の世界で活躍されていたと伺ったのですが。

僕は中国株が得意だったんですよ。お金の教育の一環の中で日経マネーとかいろいろな金融雑誌に連載をしていたりして。僕は富裕層は全然相手にしないんですよ。主婦とか普通のサラリーマンなどがもっぱらの対象ですね。

そもそも、僕の原点は、「普通の地方の人がディズニーランドに行ける国」なんですよ。例えば、うちの選挙区である福井からディズニーランドに行こうと思うと、いくらかかると思います?入場料はもちろん、交通費、ホテル代、食事代とかお土産代で、だいたい一家族で20万円仕事ですよ。年収400万円の家族の一体どこからそんなお金が出てくるか。でも、年収が400万あったら良いほうなんですよ。月給25万で年収300万、ボーナス入れても税金引かれたら300万もないですよ。慶應大学出ても初任給で25万円もないですよ。しかも、これは大企業ですからね。中小企業なら尚、厳しいですよ。

―キビしいですね・・・。

そうですよ。そういう人たちが、本当にディズニーランドにいけるか。ここが僕の原点なんですよ。だから、富裕層じゃないそういう人たちが、どうやって教育資金を貯めるか、どうやったらレクリエーションにお金を使えるかをずっと考えて取り組んできたんです。高速道路とか庁舎とかの箱物じゃなくて、人にお金を使いたい。だから、民主党の子育て支援などの政策は、僕には非常に合っていますね。

―それは素晴らしい。今回、政権が交代して民主党の圧勝が伝えられていますけど、正直ここまで勝ったのは意外ですか?

ちょっと意外というか、驚きはありますね。ただ、それだけ期待が大きいと受け止めて、これから4年間でどういう結果を出せるか、政治は結果が全てですから。出せなければやめるしかない世界ですから。

―政策で一番力を入れているのはどの分野ですか?

僕は経済政策ですね。その中でも一番は中小企業。日本の98%は中小企業ですし、特に私の選挙区の福井はほとんど中小企業しかない。そういうところでの雇用をどう確保するか。さっきも給料の話をしましたけど、地元の繊維工場で働いてる人とかって、15万くらいしかもらえないんですよ。それでボーナスもなし。そういう人たちを支えていくにはどうするかに取り組んでいます。

「生活が一番」と言いますか、国があって個人があるわけではないんですよ。個人があって国がある。だから、どうやって安定していただける環境を作るか、これが僕らの最大の政策です。

学生時代

―ありがとうございます。話を変えて申し訳ないんですけど、学生時代はどのような生活を送っていたのですか?

遊びまくってました。出てたのはゼミくらいでしたね(笑)。

―サークルなどには入られていたんですか?

EMANONっていう準体育会の硬式野球をやってました。

―スポーツがお得意だと伺ったのですが。

スポーツばっかりやってました。それは今でも。そもそも田村先生にお会いしたときも、自分の提案は放り投げられて、「君はテニスが出来るのか?」って言われて「出来ます」と答えたら、「なら、来い」って言われて、毎週テニスをやっていたのがきっかけなんですよ。もしそこで断っていたら、もう田村先生は亡くなってしまったので、衆議院選には出られなかったでしょう。ホント、チャンスってどこにあるか分からない。

だから、大学時代で学んだこと言えば「チャンスを生かす」ってことですかね。みなさん、いろんなチャレンジを今するでしょ?そのモチベーションを社会人まで持っていくって事ですよ。ビジネスの世界でもそうでした。そのときは中国だって、みんなには「どうかなぁ」って言われましたけど、そこで一歩踏み出すか、踏み出さないかの違いなんですよ。まだ若いんだから、失敗しても別にいい。失敗を恐れたらダメですよ、リスクを考えたらダメですよ。政治もビジネスも。

だから、僕は今のうちは遊んでいただきたい。夜遅くまで遊んで、親に「お前遊びすぎじゃないか」と怒られるくらい。毎日のようにカラオケとか行って。「なんてムダな時間を過ごしてたんだっ」って今思えば思ってしまいますけどね(笑)。でも、それがなかったら、今の自分は無かった。また別の世界で生きていたと思います。

―就職活動はされなかったんですか?かなり早い段階で起業されてますけど。

しましたよ。デパートに内定していました。3月にそれをお断りして、やっぱり会社の勉強がしたくて、不動産会社に入りました。そのあと、会社を興しました。もしM社さんに入っていたら、結局最後までデパートマンだったと思います。就職活動の先に見えるものがなかったんですよ。まず最初に給料を見て、職種が自分に合えばいいっていうくらいしか考えていなかった。「社会人とは何だ」って言う意識を持っていなくて。いざ内定をいただいていろんな話をしたり、卒論を書いているうちにすっごい悩んで、「一歩、出よう!」って出ちゃいました。

―なかなかその一歩を踏み出せる人はいないと思います。

アホなんですね(笑)。でも、サラリーマンが安定かどうかなんて分からないですよ。 今は転職も考える時代ですし。勢いがある会社がいきなり潰れてしまいますしね。だから、そこは「自分を信じる」しかないですよ。みなさんだって、慶應入るだけの「運と実力」を持っているわけですから。だって運あると思いません?これだけの狭き門をくぐってきてるわけですから。その「運と実力」を絶対信じるべきですよ。そして「縁」を絶対大事にすべきですよ。ここ(議員会館)にも毎年たくさんインターンの方がいらっしゃってますけど、そういう自分からチャレンジして行こうって方は、是非お願いしています。今まで過去に、ジーパンで面接に来た方以外はみなさん通してますから。学生のときに学べることを学んでおいていた方がいいですよ。僕は法律もたくさん学べましたし、語学もたくさん学べましたし。

―逆に在学中にやっておけばよかったことはありますか?

英語ですかね。在学中は中国語ばかりやっていたので、英語ももっとやっておけばよかったです。観光に行ったりといった遊びの英語は出来ますけど、ビジネス英語はキビしいですね。単語力が足りなくて。軍事的な話とか絶対分からないですもん。あとは、別にないですね。ただ、政治家になる前に結婚しとけばよかった(笑)。

―糸川先生の尊敬する人物は?

僕は政治家としても学者としても福澤先生はすごい人だなって思っているんですよ。深く見れば見るほど。江戸から明治に移るときって、今以上に激動のときでしょう。そのときに慶應という礎を作られたのはすごいなって。真の政治家ですね。国をすごく愛されています。

―最後に慶應生にメッセージをお願いします。

僕は慶應生って、日本のルールを最大限使えるだけの学習能力があると思っているんですね。だから、そういう意味で自分を信じて、今は出来るだけ遊んでください。遊ぶっていうのは大事なことだと思いますよ。学生のときに遊んだことって、社会人になっても覚えてると思うんですよ。仲間を作るって大切ですよ。生涯信じられる友達が五人いたらすごいですよ。今までたくさんの人と出会ってきたなかで、何かを頼まれたときに「いいよ」ってすぐに自分を犠牲に出来る人ってそういないでしょ。だから、今まで生きてきてこの人に命を掛けられるっていう人が五人いれば、これは大成功ですよ。そのための学生生活だと思いますね。

―お忙しい中、本当にありがとうございました。

取材:勝部一志、安田ひろみ