塾員インタビュー # 12 [05/05/16]

株式会社イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役社長 山本一郎さん(切込隊長)

ネット界にその名を轟かせる「切込隊長」、山本一郎氏。
個人投資家にして、ゲームやインターネット関連企画のプランナーでもある。有名インターネット掲示板である「2ちゃんねる」の創設にも関わり、現在は人気週刊誌「週刊SPA」などに連載を行うという凄まじく多彩な顔を持つ。
今回はそんな山本氏に、在籍時代を思い出しながら、「慶應」について辛口で切り込んで頂いた。
今の大学生には考えられないほど波乱万丈な大学生活を送った彼の話は、その切り口がとても鋭く、考えさせられるところが非常に多いだろう。
ジャーナル編集部も驚いた彼独特の辛辣なコメントを、ご堪能していただきたい。

■切込隊長BLOG(ブログ)~俺様キングダム~
http://kiri.jblog.org/
■イレギュラーズアンドパートナーズ株式会社
http://www.i–p.com/

■どんな大学生活?

―隊長はいつから慶應に入られたんですか? 大学ではどんな生活を?

僕は中等部、塾高、大学と。

大学では自治会とかを。 いまでは君達の慶應ジャーナルっていうのがあるみたいだけど、 僕がいた頃は「塾生新聞」と「塾風」ってのが、2誌くらいあって、 「塾風」ってのは当時レフトの人が作ってた。 で、嫌がらせして潰したんだけど(笑)。 「文化団体連盟は不偏不党である」とか適当な理由つけて「おまえ発行許可出さないから」って。

あとは、当時、全塾協議会とかいうインチキな団体があって、僕がそれの2年目の代表。 なんか学校から自治会費巻き上げて、三田祭実行委員会とか その辺に配分するという微笑ましい団体があってですね。 いま思うと金権政治まんまの世界で、本当にあれ最悪ですよ。 どうなんだろうと思いますけどね。

丁度その前に僕が文連の委員長もやっていて。 3年の時委員長になって4年の時に後継者いなくてもう一年やって、 そのあと一回留年して、さらにもう一回、合計3年間委員長やってですね。 もう非常に多大なるご迷惑をおかけしてました(笑)。

それでも「慶應とはそもそも何であるか」っていうのを その頃に学んだっていうのはありますね。 それまではなんて事はない中高一貫校だった。 色々と勉強させて貰った、なるほど「世間っていうものはこうなっとるなぁ」と。 例えば当時で言うと塾生新聞とかマスコミがあって、だいたい権力を叩く訳ですよ。 で、僕達も紙面で叩かれたりして。当たり前のことなんですけどね、意味のあることは何もしてなかったから。

たかが大学の自治会とはいえ、人間が織り成す社会の縮図だなぁと思ったりした部分があったりとか。

―昔に比べると学生新聞界隈も最近はおとなしいですね。

昔はいろいろありましたしね。すごく朝日新聞みたいな感じでした。反体制、批判するペンの力、みたいな、欲得のない純粋な媒体を志向する塾生が多かったです。 レフトとは言いませんけど、体制批判みたいな感じで結構ガリガリ書いてて。 自治会でも合宿とかやる訳ですけど、合宿について来てですね、 「自治会が合宿でマージャンやってた」って記事にする訳ですよ。 マージャン位やったっていいじゃんと思うんですけどね。

でも最初は、やっぱり体制を批判していたんだけど、 だんだんギリギリと記事で叩かれてやられていくうちに、丸くなっていくという・・・ そういった意味で色々活躍させていただきましたけどね(笑) その辺が今にも無駄に生きているというか。 ある種の暗躍の仕方って言うのをよく学びました。

【関連リンク】
慶應塾生新聞 http://www.jukushin.com/
全塾協議会 http://keio-zenkyo.com/
(文化団体連盟 http://www.keio-zenkyo.com/bunlen/index.htm

■大学で苦労したこと

―大学時代で一番苦労した事は?

僕の前の年位まで、自治会に物凄い左翼の人達がいて、 やっぱりそういう学外の人を追い出すのが一番大変でしたね。 何しろ法政大学とか明治大学とか、変わった所でいうと国士館とか、 まあとにかく大学の外部の人たちが義塾に来て活動をしておったわけですよ。 いわゆる職業学生活動家。プロ活動家がいたんですね。

まだ学研連ってあるんですかね? ないですよね。 ああいう、どう見ても「おまえ法政か何かだろ」って感じの、 明らかに慶應じゃないレフトの人達が「自治会だ」って言ってたんですよ。 インチキな左が結構いたんですね。

で、その団体が学外の活動で部室を占拠しているという事件があって。 日吉の塾生会館の一階が彼らの溜まり場になってた、と。 代わりに広いスペース持ってた ワグネルっていう人畜無害な団体が追い出されてた訳です。

彼らって、基本的に人畜無害じゃないですか。 なんら怖い事はしない訳で。 そのせいか逆に一部の人から「ワグネリアン」って言って迫害されてた。 「あいつらワグネリアンだから荷物どかしちゃえ」とか(笑)

あとは「塾風」とか「慶應新聞」を、彼らが占拠してですね、 もう無いのかもしれないんですけど、三田の校舎の地下に部室があって、 そこがアジトと化していたんですよ。

―学生団体ルームですね。

そうそう。そこに輪転機があったんで。ビラを大量に撒くので、ゴミが一杯出る。で、苦情が出るので「なんとかせにゃならん」って事で、 アイスホッケー部と、剣道部と、応援指導部か何かと一緒になって、 アジトを急襲したんですね(笑)。

彼らの私物を撤去して、人質にとって、 「返して欲しくば慶應の外で活動しろ」って。 それでむこうは「資産を乗っ取られた!」とか言って号外を出す訳ですよ。 他の大学に。

それが面白かったですね。 まあ彼らは、武力行使して強制排除すれば何て事はないんですよ。 なんか、それまでゲバ棒でも持って抵抗でもされるのかと思ったけど、 なんかこう普通に追い出されてて。 「なんだ大した事ねえなぁ、こいつら」と。 言うだけ言ってこれかよと。

あと学生闘争ってのがあったじゃないですか。 で、文連っていうのもその当時で50年っていう歴史があったので、 昔の委員とかに左の人が沢山いたりとか。

慶應ってもともと商業に強い大学ですからね。 歴史を反映している所があって、 どうしても商売人が多いんで学生活動がそんなに盛り上がってなかったんですよね。

でも、中にはサラリーマンの倅とか貧乏人が入ってくるじゃないですか。 そうすると、そういう寒い左翼活動に従事するんですね。 ビラ撒いてみたりとか、学校の授業料の値上げに反対してみたりとか。

やっぱ、OB見てると断絶があるんですよ。世代的なもので、昔のお年寄りたちは体制を利用しようというところがあって、学生闘争世代は左翼一色、最近はノンポリ。話が全然合わない。 我々は「体制派でございます」というのをやっていたお陰で、 一番上の世代と仲が良いっていう。二重構造になってるんですよ。「良い勉学ができる保証を勝ち取るために学費値上げ賛成」とかやってましたから。

―そういう意味では、昔に比べると今の文連って、目立つ事はしていないですね。

それが一番良いと思いますよ。

僕の時代は一番最後だったと思うんですよね。 そういう学生運動みたいなのの。

学生運動というか、ちょうど労働争議とか革マル派とか、あの辺ですよね。 あの頃には、まだああいうのがかなりの数慶應に居たので。実際。 で、左翼が「成田の一坪地主になりましょう」とかビラまいててですね、うるせえよおまえ、って。

あとは、東京の空を汚すなとかいう活動してる連中とか。

当時から環境団体とかもいたんですよね。 環境団体は人畜無害だから良いんですけど。 「三田祭で使うプラスチックトレーをデンプンで出来た物でやりたい」ってオファーが来て、コスト見てみると4倍とか。 「たけぇよ!おまえ」って。 

ま、そういうくだらない事が色々あってですね、非常に面白かったですよ。 面白かったというか役に立ってますよ。 授業が役に立たない割にはこういうのは役に立つという。 まあそういった流れですね。大学時代って言うと。

■自治会時代の思い出

―自治会に入ろうと思ったきっかけは?

いや特に無いです。 単に「人がいないからなんとかせえ」っていう先輩からお達しが廻ってきたんです。

当時、僕結構サークルを兼任してて。バンドとかオタクとかやりながら生活していたんですけど、「文連の後を継ぐ奴がいないからやれ」っていう話になって。

あとは、当時塾生会館が部室の割当をやってて、 あれを仕切る奴がいなかったんで「一番まともそうだ」って事で呼ばれました。

でも結局僕が一番まともじゃなかった(笑)。

まあ、僕の一代前が、結構まともじゃない人達が多くてですね、 いろんな所で喧嘩して、僕の世代がそれをまとめてたりとかいうのがあって・・・。

その人たちが長銀や山一証券に入ってたりして、「みんな無くなってやんのバーカ」みたいなのがありましたけどねえ。 ちょっと面白かったですね。

■留年

―丁度就職氷河期の頃ですね。

僕が丁度就職氷河期と言われる2年目かな?僕の前の代はまだ就職が難しくなかった時代で・・・今は結構慶應といえども楽ではないんですよね?

僕の時には文学部で「会社に入れない」ってヤツが結構いて、 失業と言うか「どこにも入る所がない」って言って留年してたりしたんですよ。無理やり大学院に行ったりしてね。そんでまた、採用してくれるところがないと(笑)。

で、政治学科だった僕は就職する所が結構あって。 電通とか日立製作所とか、いろいろ内定は貰ってましたけど、 結局、小さい所が良いって思って国際電気って所を選びました。

でもその後、内定決まったにもかかわらず留年したという。 しかもシーズンスポーツ落としたという泣かせる事情があって(笑)。シーズンスポーツ落として留年って言うのはなかなかないなと。 で、また就職活動して同じ所に入ったという。 また委員長やりながら。

まあそんな感じですね。 そういった意味で言うと、慶應には結構長くお世話になりました。 足掛け11年ですか。見事にこう、すぽーんと嵌まって。 大変は大変だったですけど面白かったですよ。非常に。うん。

■ネットとの出会い

―ネットとの出会いはいつ頃からですか?

中学高校とパソコンをやってて。 海外の経済ニュースとか株価とかも好きだったんですよ。 僕、経済に興味持ったのが比較的早かったんで。 で、「こりゃおもしれえや」ってパソコン使って、値動きのグラフを作ったりとか。 あと当時、野村がファミコントレードってのを作ってたんで、 株価見るためだけに親父騙して買ってきたりとかね。

―ファミコントレード(笑)。そんなのあったんですね・・・。

野村證券がね。作ったんですよ。当時まだバブルの時代なんで。

僕自身も高校時代バブル全盛だったんですね。 当時から、土地だとか株だとかで世間が騒いでいて。 まあ、うちの父親もそれで嵌められたクチではあるんですけどね。 自分自身も土地とか株に興味があったんで、日経新聞とか読む訳ですよ。

それで投資に興味を持って。 手っ取り早く情報を集めようと思って、 当時はまだネットとかには大した物が無かったから、 証券会社のサービスを使ったりとか、知り合いの証券マンの「草の根BBS」っていう パソコン通信のはしりみたいな物に参加したりとか。 そこでパソコンが生きた、みたいなのはありましたね。

―じゃあインターネットはパソコン通信からそのまま?

パソコン通信からそのままインターネットに入ってますんで、 そういう意味ではインターネットが立ち上がる所から見ていますね。 自力でごりごりプログラム書いたり・・・いわゆるパソオタですよね。 「パソコンと共に生きてきました」みたいな。そういう前半生でしたね。 友達もいないとか、そういう感じですね。

■就職

―PCにずっと関わってきて、大学は自治会と体育会。
興味の幅が広かった様ですがどうしてメーカーに就職されたのですか?

卒業後に就職した国際電気っていう会社は、実は元々目をつけていた会社で、 日立の通信部門を一手に引き受けていた会社だったんですよ。 元々通信事業ってのは半官半民だったんですけども、 ハードウェア部分を国際電気、通信インター部分をKDD(第2電電)っていう分割があって、 メーカーの割合が今後伸びていくだろう、と。

国際電気は日立の半導体部分と、無線通信とかそういうのをやっていたんです。 元々、携帯やりてえなぁと思ってたんで、携帯の専業で安定してそうな所って事で選んだと。で、読みが外れた訳ですけど。

組織ってのは、ダメだったら全然ダメだなあっていうのを実感しました。 ただ、国際電気には結構勉強させてもらった部分があった。 大企業とか、人が沢山いる組織ってのは朝礼やったり体操やったりっていうのが無いとまとまんねえんだな、っていうのが分かったんですよね。 あとでコンサルタントなどもやるようになっていろんな会社に入っていくようになると、組織がバラバラに動いていて収集つかない会社って結構見るんですよ。 そういう時に日立的なマネージメントと言うか、「賃金は低いけど、皆で仲良く頑張っていこうよ」みたいなコブシの入っている会社の方が組織の売上が安定してたり、新しい商品が出しやすかったりとかするという。 そういう意味では勉強になりました。 アレを見てなかったら多分そんなこと言ってなかったと思うんですよね。「駄目なヤツは首にしろ」みたいな感じで。

当然その工場では、言っちゃなんですけど、あんまり教育受けてない人が安い賃金で働いて、でも、それよりも更に安い賃金で他の国が作ってる訳だから競争をしなけりゃいけない。

非常に苦労されてる訳ですよ。 そういう人たちが不満を持たないように、 なおかつさらに創意工夫をするように、っていうような、 製造業の工夫っていうんですかね? 組織上の工夫を実地で見てきたっていうのは経験として大きかったかなと思いますね。

【関連リンク】
日立国際電気 http://www.h-kokusai.com/

■インターネットの世界と「切込隊長」

―「切込隊長」のハンドルネームはネットで有名ですが、インターネットの表舞台に出るようになったのは、いつ頃からですか?

そのちょっと前ですね。ウィンドウズ95が出る直前位にパソコン通信が花開いてですね、ニフティとかああいうパソコン通信がどーんとユーザーを増やしてた時代だったんですよ。
そういう所に出て行って色んな人に「バーカ!」とか言って喧嘩売って遊んで・・・っていうのがあったんですけど(笑)。

その時位から「切込隊長」ってハンドル使ってたので、結構昔のネットワーカーの人たちは覚えててくれてて、「あー、あの頃の切込隊長がBlogやっとる」とか「まだ前線にいるんだな。あっはっは」とか、大きなお世話なんですけどね。そういった意味ではきっかけは早かったです。

まあ、結構色んな人が、文字だけのコミュニケーションをしていると、いろんな行き違いや誤解があったりする訳ですよ。文字面だけの話なんで、思った様に事が進まないという。普通なら何の問題もなく進むべきものがが、言葉だけであるが故に、上手く進められないとか。

で、それを比較的若い頃に体験できていたので、「どうなったら揉めるか」とか「どうなったら落ち着く」ってのが自分なりに良く分かるんですよ。あと、問題起こす人のパターンとかも大体分かるので、非常に愉快な世界だなっていう。

例えば、色んな新参者が入っていって、初めてネットに触る訳じゃないですか。で、色んなコミュニティに参加したり自分でコミュニティを作ったりして、自分なりに居心地の良い場所を見つけて行く。そのプロセスを辿っている間っていうのは、ネットに過剰な期待感や恐怖感があったりして・・・で、だんだん慣れていく訳ですよ。

慣れていく間に「他に面白い事がある」とか「自分は馴染めない」とか思ったら、インターネットから去って行く訳じゃないですか。そういう人達は「インターネットってあんま面白く無いな」と言ってる訳ですよ。まあそれはいいんですけど。

でも、大多数の人は入っていく。

まさに今現在どんどん人が入ってきている段階で、Blogであるとか、Mixiであるとか、Xoopsであるとか、色んなサービスがわーっと出てきた。で「これからどうやって転がっていくのかなぁ・・・」っていう時代なんですけどね。

ただ、これって結構ニフティと同じ道を辿りそうに思えてて。いつか来た道だなあ、っていうのを感じてるんですね。「草の根BBSが立ち上がりました」っていう時と、ニフティみたいな大手で「商用パソコン通信が始まりました」っていう時と、あとはWin95発売でホームページ作成ブームがあった頃ですね。あの頃に、いっぱい新し物好きがやってきた。

新しく人が入ってくるストリームって、大体似ていて、同じ様な経過を通ってくるんですよ。だから「人がどういう思いをネット上に出していくか」っていう事って、先を結構読めると。
そういった意味では「始めからインターネットやってて良かったなー」とか「商売の役に立ってるなー」とか凄く思いますけどね。

―「切込隊長」ってハンドルネームをネット上に持ち込んだのはいつ頃からなんですか?

最初からです。僕のニフティ時代のハンドルは、切込隊長@山本一郎だったんですよ。ハンドルが露骨なんでよく誤解されるんですけど、単に草野球で一番打ってたから「切込隊長」ってニックネーム付けてただけなんですよね。当時参加してた野球フォーラムとかでは「切込隊長?ああ一番打者ね」みたいな反応で、なんて事はなかったんですけど。段々表に出てくると「何かヤバイ事するやつなんじゃないか」って思われる様になった訳です。非常に穏健で無難な人柄なんですけどねえ、僕。

【関連リンク】
ソーシャルネットワーキングサービスMixi http://mixi.jp
Xoops http://jp.xoops.org/

■慶應の人は良く新しい物好きだと言われますが・・・

と思うんですけど。慶應の人間って慶應で固まる習性があるんですよね。例えばGreeとかでもそうなんですけど、慶應の人間が固まって慶應同士で仕事融通しようっていう。

そういうのがあってですね。それが磐石であるが故に、良い面もあるんですけど、逆に可能性を殺いでるのがあって。具体的にどういう事かっていうと、Googleとかその辺のビジネスやってる人に慶應の卒業生はあんまりいないんですよ。まあせいぜい僕くらい。

Googleとかskypeとか、「これから何かやって行こう」っていう最先端の所に慶應生って意外といない。
で、これから「普及するぞ」って時に、慶應の人間がドバッと突入してくる。この辺はやっぱり慶應の特色なのかなぁ、と。いわゆる商売として成り立つソロバンが立ってから慶應の人間が殺到してくるという、そういう習性があるように思えるんですよ。

でも実際、僕自身も慶應卒業して良かったなというのはいくつもあって、例えばクライアントからオファーが来る時に、慶應卒だって事で選ばれたりって事がたまにあります。

「学閥関係無いよ」って言っている会社もあるんですけど、そういう所に限って、「その人の信用どこで得るか」っていう、最終的な根っこの部分を判断する時に出身の大学とか、元々どこの企業に勤めてたか、って事を問うというのがありますね。

だからそういう意味で言うとソニー、松下もそうですし、最近だとリクルートやドコモ、野村證券など、OBの間のネットワークで大きい仕事をしようという流れがある。比較的オールドのビジネスの人たちって、口では学閥関係ないと言いつつも、蓋開けてみると人をどこで信用するかっていう時に、学歴だとか、前の会社の経歴を気にするっていう事はよくあります。

あと人脈を使う上で、大学名のパスポートとしての有用さってのは感じるんで。案外捨てたもんじゃねえな、っていうのを卒業してみて感じますね。

【関連リンク】
GREE http://h.gree.jp
Skype http://web.skype.com/home.ja.html

■ベンチャービジネスと慶應

―最近慶應勢もベンチャービジネスの世界で活躍している様ですね。

そうかもしれないっすね。実際このあたりベンチャーに対する誤解がみなさんあるのかも思うんですけど、例えばベンチャー始めるじゃないですか。で、ベンチャーの状態からだんだん規模が多きくなって大企業になる確率よりも、ある程度大きくなった時点で、既存の大企業を補佐する形でよりかかっていって、出資を受けたりしながら大きくなる確率の方が高いんですよ。

例えば新しいビジネスをネットで始めました、と。mixiとか。
まああれは慶應じゃなくて東大ですけども。彼らは、独自でやってある程度大きくなってきた訳ですよ。たいしたものです。

サイバーエージェントとかの資本を受けながらも、「最終的には独自でやってますよ」と。でも独自でやって儲かってるか、というと彼ら別におおいに儲かってる訳ではないんですよ。貰った増資を少しずつ使いながら、「みなさん喜んでもらってる」という、そんなビジネスになってる訳です。

それ以外にも例えば商取引の分野で、「E-コマースの実用化」ってやってたベンチャーがありますけど、彼らが自分達で何とかできてるかっていうと、そんな事はまずなくて。

むしろ、今までのオールドな企業、それこそ、ソニーであるとか、松下、日立、三菱電機、あとは三菱商事とかの商社系とか。そういうオールドカンパニーの人たちがネットに出て行く時に「水先案内人として使ってもらう」っていう時の方が、大きく成長する事につながり易い訳です。オールドな会社も、やっぱり生きていくために新しい仕事や技術領域には関心がある。なので、そのむしろオールドに属する人たちを新しい所に引っ張って行く水先案内人としてのベンチャーの方がハンドリングする時にものすごい可能性が広がる訳です。

インデックスの落合さんなんてのも慶應なんですが、あの人は商社出身。商社的なやり方で、物事をハンドリングしていくという技法がありますと。その技法を何に使ったかっていうと携帯と言う新しいデジタルのガジェットがあって、そこに対してコンテンツを流していこうと。で、最初にNTTドコモがインデックスに目をつけて「一緒にやりませんか」と。それがきっかけになって、そのままある程度発展していって、その過程で三菱商事がお金出しましょう。フジテレビがお金出しましょう。テレビ朝日がお金出しましょう。電通がお金出しましょう、と。それで一気にがーっと大きくなる。

何か新しい事をやる時って、今までの人たちの助力を借りながらやった方がレバレッジが効くんですよ。大きく成功する可能性が高まる。だからそれを「慶應」っていう部分と合せて使いながら考えていくと、将来的には良いビジネスにつながっていくのかなぁと、強く思いますね。

逆に、自分はコンサルというか投資家という立場なので、そういう会社を見つけて水面下でお世話していくと言うか、協力していくというお付き合いをすることが多いです。

【関連リンク】
サイバーエージェント http://www.cyberagent.co.jp/
インデックス http://www.indexweb.co.jp/

■10年前の慶應と比べて

―隊長が卒業してからもう10年経つ訳ですが慶應が変わったと思う部分はありますか?

実はあんまりそういうのって、感じないですね。「やっぱ慶應だなあ」って言う感じで。

まあ確かに藤沢の人たちは毛色が若干違うなぁ、って思う事も多いですけど。

なんていうのかな。僕自身、僕よりも10年前の卒業生に会う時に、「やっぱり、塾員って変わんないなぁ」みたいな事を言われるんですよね。それと同じ感覚なんだろうと思うんですけど、慶應のカラーって言うのはそう簡単にはかわらないのかなぁ、と。

なんかみんな目敏いし。「目敏い」というか利益に対する感覚が鋭いし。あと慶應同士で会うと商売でつるむし。これなんかね、不思議と行動様式が繋がってる部分があるんですね。見てて面白いなぁと思うし、なんかこれからやって行くにあたって、これからも変わらない資産として生きて行くのかなぁ、っていうのがありますね。

―確かにSFCと三田は毛色が違いますね。

「SFCは、慶應じゃねぇ」っていう人がいますけど、それは分からんでもないと思いますよ。四谷の人が「我々は慶應じゃない」って言っていうのと同じくらいの感じで、「俺たち一緒じゃねぇ」と。まあそういう話ですよ。

なんか、三田とSFCのコミュニケーションって、没交渉に近いですよね。

僕も仕事でよくSFCの出身者と会う訳ですよ。でも互いに慶應の話題がない。三田とか日吉に一緒に通った経験がないし、並木坂とかいっても分かんないし。

ただ、確かに「ああ慶應なんだ。ふーん」で終わっちゃうケースが多いけど、全くシンパシーが無いかというとそんな訳でもなくて。「部外者と言えど慶應は慶應」という話で、「まあ慶應なんだからなんとかしてやるか」とそういう話になったりとか、ありますけどね。

でもSFCのつるみかたは異常ですけどね。SFCはSFCでめちゃめちゃつるんでますよ。

よくソフトバンクとか通信系の会社に逝くと、SFCのOBがいっぱいいるんですよ。で、SFCのOB同士の部署があったりとか。「なに純粋培養しあってんだ、おまえら」って。

でもまあ、いろんな力のあるOBが、社外の人間を使う時の信用担保として、学歴を優先するケースって言うのは非常に多いですよ。

―隊長はブログは出版しないのですか?

いや、あれ出版できないでしょ。まだネットが書籍ほどチェックの対象になってないから書けてるんで。

■隊長から後輩へのメッセージ

―「いい学生」「駄目な学生」とか、こういった学生が伸びるという様なものはありますか? 「大学時代こういう事をやった方がいい」とか。

「駄目な塾生」って別にいないと思うんですよ。人間として駄目、性格的に駄目っていうのはもうどうしようもないんですが、それは義塾とは関係ないですからね。頑張ってつるんでいければ何も問題ないので。そういう意味でいうと、「これがあるからいい」とか「これがあるからダメ」とかは特にないと思ってます。「なるべく専門性があってくれ」とか「人間的な信義を守ってくれ」とか、そういうのはありますけど、それは「慶應だから」って訳じゃなくて、ごく一般論的な話ですね。

「自分が何に役に立つ人間か」っていう部分について真剣に考えて向き合って欲しいと思います。やっぱり、学生時分で考えていた事とは違って、社会に出ると「したい事」と「できる事」の落差っていうのはものすごく鮮明になってくるんです。

ただ、それは自分だけでは気付くことが出来ない事な訳で。お互いがお互いを指摘する事で初めて「これをしたい」「いやでもおまえそれはできねえだろ」っていうのを身につけていく訳ですよ。

そういう意味で言うと「あんたどういう人よ」っていうのを、自分の視点だけではなく、信頼できる友達を大学時代に作って、自分なりに第三者的な検証をしながら深めていって欲しいなあ、というのはありますね。

本当にこう、まあ、ビジネスの現場もぶっちゃけガキみたいなものなので。もちろん専門的な物とか高度な物はあるにしても、それを運用するのは結局人間なんすよね。偉業を達成する優れた人物でも、やっぱり人間の根っこの部分は変わらない。

後は、情報についての感度の高さ。これはその人がどういう生き方をしてきたかっていう所で決まっちゃってる部分で、残念ながら大学に入っちゃってる以上は、その人の情報感度はもう変わらない。なのでむしろ自分の幼少時代にどうだったか、自分がどういう情報感度が高いのかってところに向き合わなきゃいけない。そればっかりはもう変えられないので、まあ、将来っていうか社会人になって10年15年経っていやでも向き合うので、今考えることはない。そういうことですかね。

―学生時代隊長自身がこれをやっとけばよかった、と思う事は?

僕自身のスペシャリティーっていうのは、突き詰めて言うと「数学」と「語学」なんですよ。本当に中学くらいから数学が好きで、大学になっても数学をメインに選んでやってきた、と。で、法学部の政治学科に来ても「政治統計」って言う分野に入っていた。ある意味、今の自分の強さっていうのは、数学と語学っていう二つで全部表現できちゃうと。論理的思考であるとか、ビジネスで使うものは大体、論理学・数学くらいな物で、「統計学」とかもその辺に収まっちゃう。あとは分析力なんかもそうですね。

人間としての方向性がもう出来上がっちゃってる中で、『そこに何を積み上げるか』が大学という時代の有り方なんで。良い友達を作って、互いが互いの問題点を指摘してくれるような関係を、長い時間かけて作っていった方がいいかなー、と。僕の経験で言うと大学時代に培った人脈はいつか再会するんで。その時はお互いがある程度のポジションに来ている訳ですから。その時に花開く様な種撒きを大学時代にしてほしい。
いや、びっくりするくらい再会しますよ。本当に。

―今までで一番驚いた再会は?

まあ、ビジネスで相手が困っている時に、ちょうどその困っている事を、自分自身がスペシャリティーとして持っていた物で、解決してあげられた、と。そのおかげで、その人自身も持ち直して、非常に長い良い関係を築けそうな雰囲気がしてます、って感じですかね。

さっきも言った様に、ビジネスしてる人間も皆子供みたいな物なので、上手く行ったら上手く行ったで恩なんて忘れるもんですからね。人間なんてものは。だからもしかすると将来裏切られることもあるかもしれない。

ビジネスなんて結局人間がやるものなんです。人間が「何を考えて何をするか」って事に収束していくのかなって思いますよ。

後は、自分自身で考える「したい事」と「できる事」ってのには落差があって、この落差をどう埋めていくか。「できることを確実にやっていく」ってプロセスをとっていくのか、リスクをとって「したいこと」をバーンと高くしていくのか。まあそういう事です。

■隊長の目指す生き方

―隊長の目指す生き方は?

あのね、僕ねー、あんまり人の上に立つ器じゃないんですよ。ネガティブなこと言いますけど。

自治会でも、非常に優秀なっていうか、三田貴良君という本当に政治家のボスみたいなヤツがいて、彼が「これやるぞーー」って言うと、皆「わーっ」てやらなきゃいけない。僕は、その時に「こうやったらできますよ」って示唆するタイプの人間。 No.2か、No.3か、いわば実務屋に近いんです。僕自身は、誰かに使われてようやく才能が発揮できるタイプなんです。実は。

勿論、僕自身も切実な事情でカネ儲けたいと思っていたけど、それは自分でやってなんとかなった。でも僕という人間の本質からすると「何かをしたい」と思っている人の願いを実現させる事に非常に能力がある。

まあ僕自身はナイフみたいな物なんで。「いいナイフ使いを探す」というか、「いい親玉」を探すって言うのがまあ僕の人生の目標ですね。

切れ味はある程度は保証できるんですけど、ナイフとしては間違った使い方をして欲しくないというか、人を刺して欲しくない思うんですね。できれば梨とかリンゴとかを剥いて欲しいっていうのがあるので。

―親玉候補は、見つかりそうですか?

いや分かんない。その旅をしてます。それこそ自分が経済的になんとかなって、 27,8の時位からずっと探し続けて5,6年は経ってますけどそう簡単に見つかるもんじゃないっすよね。

ただやっぱり自分の能力っていうのは誰かが何かをしたいと思った時に「それがどうやったら実現できるか」を考えて着実に実行する事だと思うので。別に自分自身が何かしたいという事はほとんど思わない。まあそういった意味で言うと、なるだけ良い親玉探してえなあ、というのがありますね。

―ある意味傭兵?

傭兵ですね。悪く言うとね。いや、悪くないか別に。まあ傭兵ですよ。いい親玉に雇われてえなと。

良いビジョンがあったり、良い目論見であったり、そういうのに関与するのが自分にとって一番喜びなんで。

「こういう事をやりたい」と誰かが思った時に「こうしたらできますよ」「こうすれば確率あがりますよ」「それはやめたほうがいいですよ」、そういった物をサジェスチョンする立場に僕自身は非常に向いているので、なるべく人の一番上に立つ事なく、参謀役というかハンドリング役というか、そういったポジションをなんとかみつけていきてえなあと。

大体こう、僕みたいなポジションは、困ってる人と、何か始めたいって人にはすごく頼られるんすけど、上手く行くと「おまえもうお疲れ様でした」って感じになるんですよ。いや、本当に。

うまくいってる人は、傭兵使わずに中の人材で賄えるんで、オファーは来ないと。ウチみたいな所に来るのは負け組みか、これから始めようとする力の無い人。で、そういう人達が力を付けて行く過程の中で「山本さんありがとうございました! またよろしくお願いします!」とか言われてまた切られる、と。

それの繰り返しですね。職業倫理上、虚しいと思っちゃいけないにしても、それが自分の役割として最適なのかなあと思ってしまう部分もありますよ。

いや困った時とか、問題起きる時はよく来ますよ。ほんっとに。火消しと言うかいかだというか。

【関連リンク】
「いかだ」 http://kiri.jblog.org/archives/001443.html

■隊長のネットライフ

―突然見ず知らずの人から送られてくる相談メールにも返信していらっしゃる、という事ですが・・・。

比較的しますね。何か声が上がってるって事は、その人がその人なりに最大限の成果を得ようとして、しかし自分ではどうにもならないから、僕の様な、見ず知らずの他人に相談を持ちかけていると。その人なりに、最大のハードルを超えて質問とか相談がきているんですよ。

勿論僕からすると「なんで知らないやつから相談をうけなきゃならんのだ」と思う時もあるんですけど、ただ、その人の現段階での『精一杯』を否定する気には絶対なれないんですよ。その人は例えば、消費者金融20万円にひっかかってる。で、どうしても返せない。「20万円ごときで悩んでるのかお前。おまえの価値は一体いくらだ」と思うんですけど、でもその人は、20万円がクリアできなくて物凄く悩んで逡巡して、色んな人に相談して回って、どうしようも無くようやくこっちに来てる訳なんですよ。それをバーンって否定したら、その人可哀想じゃないすか。

その人も、今はそんな事で悩んでいても将来どう化けるか分からないし、それに答えるのはいくらの労力もかかんない。 20万円で悩んでいるんだったらこうすればとりあえず目先は大丈夫ですよ、というのはいくらでも教える事は出来ると。それでお金とる気は毛頭ないです。

まあそういった意味で、答えてあげて損はないのかなぁ・・・というか、相手の「精一杯」を感じ取る事が出来る以上は、きちんと答えてあげていいのかなって思いますよ。

一番重いのでは「僕ヒキコモリなんですが、インターQ解約するのに電話しなくちゃいけないんですがどうしたらいいでしょう」ってそういう質問が来るわけですよ。

で、それに「いや、頑張って電話してみよう」「それは君が家から出られる第一歩になるかもしれないから、とりあえずハードル高めていきましょう」と言う話を返すわけですよ。

その人からすると電話かけるのはすごい精神的苦労で、でもメールはできるんですよね。でもメールではインターQが解約できない、と。だから物凄く悩んでるわけですよ。電話する恐怖から逃れようとして。でも、それがその人の精一杯である以上は、その精一杯に対して適切なアドバイスをあげる事が最大のソリューションである筈なんで、メールを返します。

―一日に何通位メールが来るんですか?

スパム除いて多分350通とかで、でも返すのは、勿論返信しなくてもよいのもあるしその半分くらいですかね。

―普段いつ寝てるんですか?

まあ朝とか。夜はだいたい相場見てますからね。そういった意味でいうと、本当に寝る時間は3、4時間くらいですか。ネット全体にかけてる時間もせいぜい4時間くらいですよ。メールとか。

―一般に思われてるよりは少ないですね。

なんか、ずっとネットに貼り付いている様な、そんな見られ方するんですがそんな事は全く無い。
ずっとパソコン持ち歩いているからっていうのもあるんですが、むしろ移動中とか、そういう時にBlog気晴らしに更新してみたりとかですね。

―隊長にとってBlogは気晴らしみたいな物ですか?

だってあれで別にどうにかなる訳じゃないじゃないですか。自分の人生。みんなネットを過剰に考えてると思うんすけど、ネットって所詮は電話とかファックスとか、昔の人においてのテレックスとかと、あんまりかわらない。要は自分の感情や情報、思いを伝える手段にすぎないのであって、それ自体がその人の人生を劇的に変えるとかって事はまず有り得ない訳ですよ。なんか最近「Blogで金が儲かる」とかいう本が出てる訳ですが、おまえ本気で言ってるのかそれ、と。まあそういうのもあるんすけど、ただまあなんというのかな、渾身の力をかけてBlogを更新する必要はどこにもないと。だけど、ある程度自分の「鮮度」であるとか、面白がられ方をしない限りは、人は集まらないし読んでもらえないと。

だから、ブログ書くのに頭を使う必要はあるけど時間を使う必要はほとんどない、というのが今の自分の立ち位置なんですよね。勿論考えて書く事は書くんですよ。ここまで書いたらたぶん訴えられるからこの位にしとこう、とかはありますけど。長文書く時なんかは大体、他に納品しようと思って3種類くらい書いたうちの1種類をどうせ使わないんだったらネットに上げとこうというケースなんですよ。でも別にそれはネットのために書いてるわけじゃない。よく誤解されてるけど。一体何時間ネットやってるのかと聞かれて「いややってねーんだけどな」と。

―じゃああれはリサイクルみたいな感じなんですか?

いやもう、自分は納品をするために一生懸命書いた物なんですよ。自分なりに知ってることを網羅して、それなりの内容で書いてると。それは当然お金を取るべきものとして書いた。ただ納品先の問題で、3本要求したけど実際2本しか使えないと。 1本あまる訳じゃないですか。それって、自分のハードディスクに貯めといてもしょうがない訳ですよ。だったら色んな人に見てもらって、叩いてもらって・・・で、反応を見て自分の意見に「ああまだ足りないな」「分かり辛いな」って部分があったら指摘してもらえる訳じゃないですか。だから公開してるんですよ。で、コメントが400とかつくわけですよ。

そういう事なんで、決して自分の生活の中心にネットがあるわけじゃないんです。ブログ作って、使って、じゃあそれが自分の所得とか収益とか他の人の幸せに貢献できるかっていうと別にそんな事はないと。

ただ、浪費すること自体が罪悪であるかというと、別にそういう事は全くなくて、人間ってのは合理性のみに生きてる訳ではないですからね。

自分でできる範囲で、きちんとメディア・・・というかブログを、回していくっていうのは気分転換にはなるからって事で書いていると。本当に忙しいと書く暇ないですからね。実際。

―あくまで主点は現実世界の仕事などにおいていらっしゃるという事ですか?

ええ。勿論それは。

―「切込隊長Blogの山本一郎」っていう事ではない訳ですね。

自分が矛盾抱えてやっているので、いつ辞めようかと考えてやってるわけですよ。

それはその・・・なんていうかな。インターネットのエントロピーは収束に向かっていて、夢のない世界になってく訳ですよ。いわゆる一般社会に組み込まれていくプロセスのなかに入ってる。で、あと5年は続くだろうと思ってるんですけど。結局どうこうなるかはわかんない。でも、その幕をどう引くか、どこを落とし所にするか、ってのは考えますよね。いつまでも誹謗中傷してるわけにはいかないですからね。

あと自分が病気したってのもありますけどね。いま頭に病気が・・・こう、石が入ってる。なんか石灰が頭に見つかって。

―偏頭痛?

いや、偏頭痛ではなくて、もともと脳が奇形だったんですよ。変な話なんですけど。医者に「あんたの脳、変だよ」と言われて「うそーん」って。最初脳腫瘍と言われて泣きそうだったんですけど、脳腫瘍じゃなかったって。脳腫瘍だったら死んでたかもしれないんですけど、まあ石だったので。それが破裂したら死ぬかもしれんですけど、破裂する可能性は、おれ運いいからねえだろうって勝手に思ってるんですね。まあ精一杯生きようってそんな感じですか。まそういった意味で、こう、いつ死んでもいいようにっていうような考えはありますよね。

年間で破裂する確率が6パーセントくらいと。あと確率の問題なので、別にすぐ死ぬわけではないんですけどね。

―・・・高いですね。

いやだから、でも94%セーフならそっちですよ。もうこう頑張って94%ですよ。こうサイコロ振って。それはもう94%選んで手術しねーって。「手術して2割死ぬんだったら年間6%のリスク受けよう」ってそんな感じですね。あと低血圧なんですよね。だから破裂しねえだろうって。都合のいい情報を出して安心してるっていう(笑)。そんなとこですかねえー。

取材:坪井直紀、吉川英徳、萩原翔一