塾員インタビュー # 27 [10/09/08]

株式会社ミスミグループ代表取締役 高家正行氏

1

ユニークなビジネスモデルと国際事業の拡大で年々業績を伸ばし、業界をリードし続ける株式会社ミスミグループ。
ミスミグループの社長、高家正行氏は三井銀行入行後、A.T.カーニーを経て同社に入社。氏は「プロの経営者」になることを目的に据えて、キャリアを重ね、40代にして東証1部上場企業の社長に就任。銀行時代のエピソードから氏のキャリアへの考え方やリーダー観まで幅広く聞いた、読み応えある記事となっている。
1流企業の経営者の考えを知る良い機会になること間違いない。

【株式会社ミスミグループ本社】

ミスミグループは、製造業の生産ラインや開発部門で必要とされるFA(Factory Automation)、金型用の精密機械部品を「高品質・低コスト・短納期」で提供する事業で成長している。収益力はユニークな事業モデルを背景に業界屈指。産業用機械・機器卸や金型・機械工具卸の分野の競合企業に比べて1000億円ほど時価総額が高く群を抜いている。

【高家正行】

東京都出身。1985年慶應義塾大学経済学部卒。

三井銀行(現三井住友銀行)へ入行し、支店を皮切りに本部、組合書記長(専従)などを経験。

35歳で、戦略系コンサルティング会社であるA.T.カーニーへ転職。金融機関、総合商社、電機、IT業界などをクライアントとし、中期経営計画策定、M&A、事業ポートフォリオ戦略、ブランド戦略など、幅広いプロジェクトに従事。

2004年2月株式会社ミスミグループ本社に経営企画室長として入社。その後取締役執行役員として、駿河精機との経営統合の責任者などを務める。2007年6月駿河精機の代表取締役社長となり、経営統合後の組織構築を通して、ものつくり改革や工場の海外展開などを実行する。2008年10月ミスミグループ本社の代表取締役社長に就任。

■自分の力で勝負できる企業人になりたかった

―今日はお忙しい中お時間をいただき大変ありがとうございます。早速ですが、慶応の経済学部を選ばれた理由をお聞かせください。2

当時は経済学部が慶応の文系の中で一番充実していたという印象があり経済学部を選びました。

―どのような学生生活でしたか?

特別に変わった学生生活ではなく普通だったと思います。中学から硬式テニスをやっていたのでサークルは「九球」というテニスクラブに入っていました。3年のときにマネージャーをやり、4年のときには毎年開催される塾内団体戦で選手として準優勝したのは良い思い出です。ゼミでは経済原論の教科書も執筆していた故大熊一郎先生に学びました。

―なぜ三井銀行に入行しようと考えたのですか?

会社訪問をしていく中で三井の社風を大変気に入りました。一人ひとり自分の考えで行動しているという印象を受けたんですね。自分の力で勝負できる企業人になりたいと考えて三井系の企業に魅かれました。

■現場と本社、異なる立場で貴重な体験

―三井銀行ではどのようなお仕事をされましたか?

はじめは京橋支店の配属となり、2年間のローテーションで一通りの業務をやりました。次は名古屋の支店に配属となり、主にトヨタ系の顧客を担当しました。そこで初めてものつくりの会社を担当し、製造業に出会いました。その後、赤坂に新しい支店を開設するプロジェクトのメンバーになりました。店舗開設は栄誉ある仕事で、全国からいろいろなタイプの社員が集められ、私もその一員として貴重な体験をしました。

それからしばらくして、これが転機の1つとなるのですが、専従組合の書記長として2万人の社員を代表し、労働条件の維持改善に取り組むこととなりました。

―実際、どのようなことをされたのでしょうか?

毎月、銀行の頭取や人事部長と協議しました。いわゆる労使交渉というものです。こうした機会がなければ30歳前後の社員が頭取や役員と議論することは当然ありません。銀行がどのように経営されているかを知るきっかけになりました。非常に多くのことを学びましたね。

―製造業との出会いや専従組合員としての経験で、ご自身の意識に変化はありましたか?

製造業との取引に限ったことではありませんが、銀行がお金を貸すことで中小企業からトヨタのような大企業まで様々な会社が実際に動くということを実感できました。一方で、専従組合やその後の本社勤務を経験したことで銀行の経営を見ることができました。現場にいた時は銀行を代表して仕事をしているという意識がありましたが、専従や本社の経験では現場とはまた違う視点を持つことができたと思います。

■戦略系コンサルタントで経営者の訓練

―三井銀行を離れてA.T.カーニーに行かれたと伺っていますが、それこそコンサルティングは経営に近くて現場からは離れていると思うのですが、どのような思いで転職されたのですか。4

銀行に在籍していたときから将来は経営に携わりたいと思っていました。ところが経営の中枢に少し近づいて見てみると、一人ひとりがOwnershipを持って経営しているものなのかどうか、大企業とはどういうものなのかという疑問を持ったことも事実です。そこで、自らがOwnershipを持ち、自分の考える規模の事業で経営に携わりたいと考え始めました。

戦略系コンサルタントは、企業トップの黒子となって、彼らが抱えている課題を一緒に考え解決する、ということが大切です。トップが抱える課題、それに対する打ち手、その過程で何に苦労しているのかなどを第3者として論理的に整理して、具体的かつ実践的に解決する。それは自分が経営者を目指すための訓練になると思い戦略系のコンサルタントに転職しようと考えました。

実際に、課題をどう解決し、会社をどう成長させるかということを大企業のトップの方々と膝詰めで議論することができました。トップの人にとっては、社内では言いにくいことも社外の人間だからこそ相談しやすいという側面もあります。そのような環境は自分が経営者を目指す上でよい経験になりましたね。

―転職をなさるときに不安はありましたか?

ありました。ものすごくありましたよ。当時、銀行は安定していて給料がよいというのが一般的な評価でした。家族や同期からは「どうして転職するのか」「どうしてそんなリスクをとるのか」と心配されました。しかも、A.T.カーニーは世界で当時6000人程度の社員がいたのですが、日本法人は100人ぐらいの会社で、ある意味小さな会社なわけです。「そんな小さな会社に行って大丈夫か」とも言われましたね(笑)。自分でも相当なリスクだと覚悟は決めていました。

―なぜA.T.カーニーに?

人との出会いです。当時、安田隆二(※1)さんが日本の代表をされていました。A.T.カーニーは金融セクターへの仕事を増やしていこうとしていて、金融出身の人材を集めていたことも好機でした。

※1 安田隆二

一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授/株式会社ジェイ・ウィル・パートナーズ 取締役会長。

東京大学経済学部卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で政治学博士(Ph.D)取得。モルガン銀行(ニューヨーク)、マッキンゼー・アンド・カンパニーのディレクターを経て、1995年よりスタンフォード大学客員研究員、1996年よりA.T.カーニー社アジア総代表、2003年6月より現職。専門は企業戦略論、企業再生経営、M&Aおよびバイアウト、金融機関経営論。

著者に『企業再生マネジメント』(東洋経済新報社)など。

―どのようなお仕事をされましたか?

カーニーには5年間在籍しました。ずっと金融プラクティスに所属し、前半は金融機関がクライアントでした。当時は金融機関が総じて苦しんでいた時代だったので次の成長戦略をどうするかというプロジェクトが多かったですね。後半は意識して金融機関以外のクライアントのプロジェクトをやりたいと思い、製造業、流通業、IT系など、とにかく金融以外の仕事をしました。

■「プロの経営者が日本でも必要になる」と思った

―経営者になるということで、ベンチャーを立ち上げてビジネスを作りたいというプランを持っていたのでしょうか?6

事業のネタをたくさん持ってビジネスを生み出す、事業を興すというよりも、既に立ち上がり骨格のある会社が次のステージへと成長していく、という会社経営を行ってみたいと考えていました。

アメリカでは、プロの経営者の人材プールがすでに日本より早く出来上がっていました。代表的なのが、マッキンゼー出身のIBMのガースナー。業績が悪くなったIBMのトップとして乗り込んで立て直しました。自分で事業を興すことだけが経営者ではなく、またひとつの会社に新卒から入社して最後に社長になるのでもなく、プロフェッショナルな経営者が日本でも必要になる時代が来るのではないかと銀行を辞めるときには思っていました。

―今はそのような時代になっているのでしょうか。

そうですね。当社会長・CEOの三枝(※2)は、日本を代表するプロフェッショナルな経営者です。

※2 三枝匡

東京都出身。1967年一橋大学経済学部卒。20代では三井石油化学からボストン・コンサルティング・グループに国内採用第一号コンサルタントとして参加、日本と米国で勤務。30代では75年スタンフォード大学でMBAを取得後、赤字会社2社の再生とベンチャー投資会社経営を各企業の社長として経験。86年41歳で(株)三枝匡事務所を開設。その後16年間、不振企業に役員として参画し再生に当たるターンアラウンド・スペシャリストとして活動。2002年東証一部上場企業(株)ミスミグループ本社の社長・CEOに就任、2008年10月から同社会長・CEO。2007年3月まで一橋大学大学院(MBAコース)客員教授。著書に『戦略プロフェッショナル』『経営パワーの危機』『V字回復の経営』(日本経済新聞社)『「日本の経営」を創る』(共著、日本経済新聞社刊)がある。

―A.T.カーニーをやめてミスミに入社されたのには三枝様との出会いがきっかけとなったのでしょうか。

そうですね、出会いは大きかったと思います。A.T.カーニーにいたときに出会いました。そして6年前に経営幹部としてミスミに入社しました。

―よろしければ、一流の経営者が持っている要素を3点ほど挙げていただけますか?

基本的なことですが、論理性・戦略性、リーダーシップ、全人格的要素を挙げたいと思います。

―全人格的要素というのはどのようなものを指すのでしょうか?

論理性やリーダーシップというのは表に現れるものだと思っています。たとえば、会社でも事業部でも、そのトップである以上、自分が預かっている会社・事業の将来の成長戦略を描き切れなければ、トップとしては失格です。世の中には強烈なリーダーシップを持つカリスマ的な経営者もいるかもしれませんが、私が描く経営者には論理性・戦略性が必須です。

一方で、コンサルタントや学者には戦略的思考に卓越した人が多くいますが、現実は「組織と人」を動かして利益を追求しなければならない。企業価値を向上しなくてはいけない。そのためには人も会社も引っ張っていくリーダーシップが必要になってきます。

さらに競争の舞台は世界であり、様々な価値観の社員を引っ張り、世界の競合と伍していき、スピード感を持って「組織と人」を強力に引っ張っていくためには経営者の人格が最後のよりどころになってくる。これはある意味では経営者自身の歴史観、倫理観なども含まれます。論理性・戦略性やリーダーシップに比べれば、直接的ではないですが最後はここの勝負になるのかと。

世の中の経営者はこの3つを高いレベルで兼ね備えていて、かつ相対的に見ると3つの要素のうち1つ、もしくは複数において秀でていることが優れた経営者の条件だと考えています。

■会社の成長が経営者としての成長

―今掲げていただいた3つの中で学生の内にやっておくべきことは何ですか。

論理性・戦略性を身につけることです。そのためには勉強したほうが良いと思います。分野にとらわれず興味を持ったことについて勉強してみる。本を読むこと、レポートを書くことだけが勉強というわけではありません。一方で直接的にビジネスに役に立つかどうかも問題ではありません。

先日塾長の清家さんの話を聞く機会があったのですが、慶応義塾では勉強に限らず自分にとって本当に興味があることに打ち込む環境をつくりたいとおっしゃっていました。また、今の中学や高校は、上に進学するための勉強が中心で、最近では大学さえ就職するための勉強に偏りがちであると。まったく同感です。大学はビジネススクールではないのですから、自身の人格形成のために腰をすえて勉強して欲しいと思います。この考えは、大学に限らず中高から一貫して必要です。

自分がもう一回学生をやるとしたらそのような勉強をしたいし、今の学生のみなさんにはぜひともそうして欲しいと思っています。

―ミスミグループのこれからのビジョンと高家様のこれからのキャリアビジョンについて教えてください。

ミスミグループは創立してからもうすぐで50年になります。ミスミグループはユニークかつ強い事業モデルを築いてきて、田口さん(現ミスミグループ特別顧問・創業者)、現会長・CEOの三枝が成長させてきました。この成長を持続させるためにはひとつのビジネスモデルに固執するのではなく、この事業モデルを進化させなくてはいけないと思っています。

ミスミグループはビジネスをグローバルに展開していて、現在すでに海外12カ国で展開しています。これまでにミスミグループの事業モデルである「高品質(Quality )、低コスト(Cost)、短納期(Time)」を各国で確立してきました。これからはこの事業モデルを本当の意味でそれぞれの国・市場で浸透させていきたいと思います。

ミスミグループの国際事業はまだ発展途上であると思っています。事業をグローバルで伸ばしていくことで会社を成長させ、同時に優れた経営者に向かって自分自身を高めていきたいと考えています。

―このような質問は失礼かと思いますが、今までどの会社での経験が一番大きな財産だと思いますか?

その時々で自身の成長段階が違うので、どの経験が一番役に立っているとは一概に言えません。8

すごく近視眼的に自分のやっていることが役に立っているか立っていないかを考えるよりも、少し長い10年、20年というスパンで物事を考えるようにしています。そうすることで自分のやっていることに対するやりがいや創意工夫のようなアイデアも出てきます。

学生の皆さん、いかにやりがいを仕事に見つけられるかどうか、いかに楽しく仕事ができるかは自分次第です。また、自分のキャリアゴールを見据えた上で自分が今どこにいるのか、ということを常に考えることも重要です。頑張ってください。

―本日はありがとうございました。

取材:川島碧