塾員インタビュー # 23 [10/03/05]

紫綬褒章受章 医学部岡野栄之教授

学術、芸術、スポーツ の世界で、顕著な功績を収めた人間に送られる紫綬褒章。
今回はなんと50歳という若さでこの紫綬褒章を受章した偉人、岡野栄之教授へのインタビューを敢行!
世界最先端に立つ彼の意外な過去とは?優れた研究を生み出す秘訣とは?
この記事を読めば紫綬褒章受章も夢ではない!?
理系はもちろん、人生のお手本として文系の人も一読の価値ありです。

経歴:1959年生まれ。慶應義塾志木高等学校を卒業し、慶應義塾大学医学部に入学。医学部卒業後はジョンズ・ホプキンス大学で研究員、筑波大学教授、大阪大学医学部教授といった職を歴任。2001年に慶應義塾大学医学部生理学教室教授に就任して現在に至る。

主な研究内容

1. 中枢神経系の発生と再生。特に、脊髄を損傷して手足が不自由となった場合に脊髄を元通り再生する治療の実現に力を入れており、その一環として、iPS細胞(※)を神経幹細胞(神経細胞に分化するもとの細胞)に誘導する技術を開発。

2. 人間のような高次脳機能が発達した仕組みの解明。また進化に伴って生じた病気の原因究明および治療。その際に、霊長類の遺伝子改変という世界初の技術を生み出すことに成功した。

※iPS細胞…京都大学山中伸弥教授が作り出した人工多能性幹細胞。ES細胞とは異なり、ヒトの皮膚から様々な臓器を作ることができる。

物理学から医学の道へ

―医学の道を志したきっかけは?

もともと私は、慶應志木校の出身なのですが、実は高校時代は医学ではなく、物理学に興味があったんですね。けれども、当時の慶應大学には今のような理工学部はなく応用科学中心の工学部しか設置されていないと。このことに気付いたのが遅かったので、いまさら大学受験を目指すわけにもいかないなぁと途方に暮れていたのですが、そこでシュレディンガーの「生命とは何か?」という本にめぐり合いまして。彼は非常に高名な物理学者なわけですが、この本を通して生命科学はホットな学問であると分かり、生命科学の真髄を追求していけば、これまで不治の病とされてきた難病の治療法も見つかるのではと考え、医学部も面白そうだなと思ったのですね。高校時代は、本当に素粒子論や波動方程式だとか不確定性原理だとか相対性理論といった物理学関連のものをブルーバックスで読みあさっていたので、自分でも医学の道に進んだことは意外でした。

―なるほど。難しそうな理論が次々と出てきましたが(笑)、学問は決してそれぞれが完全に独立しているわけではないということですね。

まぁ正直なところやれるのかっていう不安はありましたけどね、そこは気合で乗り越えるしかないなと(笑)。

―気合でどうにかなるものなのですか(笑)。
基礎医学とは逆に、臨床医として働かれた経験はありますか?

ないことはないですね。20代の頃は生活費を稼ぐために当直なども行っていました。最終的には研究の道に進んだわけですが、医学部最終学年の時の臨床実習やこの頃に患者と直に接していたことで、どういった病気が克服されなくてはならないのかといった考えが備わったと思います。実際、癌患者や神経系疾患を抱える患者などを多く診てきたのでね、最後までどちらの研究を行うか迷いました。初めから研究という一つの道に絞っていては気付けなかったこともあるわけです。

現在私の研究室では臨床医と研究医が半々で在籍しているのですが、我々の研究で残した成果を、次世代の臨床医たちが受け継ぎ臨床で実践してくれたら私は満足です。

―岡野教授の研究室には医学部以外の出身者も多くいるそうですね。

そうですね。日本人ですが、MITやコロンビア大学院を卒業した人がいて、医学部では得られない分子生物学の知識を持っており非常に優秀なので大いに活躍していますね。また、最先端のMRIを利用して脳の高度な画像診断を行えているのも理学部などを出ている人のおかげです。なので、つまるところ生命科学はあらゆる科学の複合領域なんですね。一人の人間で可能なことは限られているし、自分たちが関われない分野にはどんどん外部の人間を呼んで風通しを良くしています

さらに、研究室にこそいませんが、注目されている学問として、文系の生命倫理学もあります。人の脳の中でどんな活動が起きているかが検知できれば、相手が一体どんなことを考えているのかが把握できてしまうわけで、純粋に研究する分には構わなくても、軍事などにまで際限なく利用されるのは当 然阻止しなくてはなりません。そうした線引きを行う上で、人文系の学者と議論していくことが非常に重要になってきます。

他にも、人の購買意欲を支配する要因などについて考える神経経済学だとか、最も効果的な指導方法は何かを考える教育学といった分野にも脳の研究は応用されていますね。

―結局私たち人間の活動はいずれも脳を通して行われていることを考えると、脳の研究はどんな分野にも活かせる気がしますね。

そうですね。ただ、マスコミやテレビなどで脳について、大した根拠もなく、判ったような解説をしている人がいますが、こういう方の言うことに惑わされてはいけませんよ(笑)。テレビには科学的根拠の薄い説明が氾濫しているのでね。どんなことでも、科学的根拠に基づき、きちんとした知識を持った人間が情報発信を行わなくてはいけない。

―はい。以後気を付けます。
信頼できない説明と言えば、事業仕分けでは半ば理不尽に研究費が削減されましたよね。

日本には天然資源がないし、技術力だけで生き抜いていくしかないことは自明なのですがね、それでも技術にまで手を付けなくてはならない程財政が悪化したのは悲しいですね。ただ、どんな指摘に対しても動じることなく応じられるよう理論武装することは大事です。その為に、理系であっても政治の動向くらいには詳しくなくてならない。

その上で、補助金なども国民の血税であることを研究者は自覚し、努力しなくてもお金が落ちてくるなどとは決して思わないことですね。危機感を持って臨むべきです。

勉強しない(?)学生時代

―サークルには入っていましたか?

医学部の体育会バレー部に所属し、週2,3回は練習していましたね。また、今は潰れてしまいましたが、医学部のテニスサークルで2年程主将を務めたこともあります。高校時代からテニス部に入っていて、先輩にも激しくしごかれましたからね(笑)。 
これらのおかげで体力が付いたことは言うまでもなく、辛い時に気合を入れたり、時には朝まで飲み続けるといった体育会系のノリは、メリハリをつける上でも重要で今の研究室でも役立っています。
また、体育会は「勝つ」という目標を全員が共有しているので結束しやすいですが、同好会は多様な意識を持った人間がいるので、コンフリクトなく部員全体をマネジメントすることは非常に為になりました

―では、学生時代にしておけば良かったと後悔したことは?

冗談抜きで「勉強」ですね。二つサークルを行っていると自由な時間が限られてくるし、僕の場合、昼間はずっと癌遺伝子の研究室に出入りしていたので、ほとんど授業には出ていなかったですね(笑)。なので、もう少しまじめに臨床の勉強を行っておけば良かったなと思います。

―勉強と研究と、どちらがまじめなのか判断つきかねますが(笑)。
ただ、岡野教授を見ていると、勉強だけしていたのでは医学部教授になれないことが納得できます。そこで正直にお答え頂きたいのですが、教授になるための秘訣は何だと思いますか?(笑)

まず一つは当然、良い研究をすること。それに加えて、後々気付いたのは、プレゼンテーション力ですね。自分の研究の利点を伝えられなければ、どんなに良い研究をしても研究費をもらうための理解が得られないし、教授を選抜する人にも認めてもらえないですし。こうしたプレゼンテーション力は慶應のカリキュラムのおかげで身に付いたように感じますね。多くの私立大医学部は、国家試験の合格率を上げるため、択一式のテストを作りますが、慶應の場合は完全に口頭試問なんです。面と向かって、「おぃ、お前これを説明してみろ」って感じでね。臨床の問題も授業に即していろいろ出るわけですが、そこで困ったことに、僕は授業にほとんど出ていないんですよね(笑)。なので、限られた知識の中で如何に相手の要求する答えをひねり出すかという訓練がごく自然に積めたので、それがプレゼンテーション力の向上につながったのだと思います。
まぁもちろんこれは決して薦められることじゃないですがね(笑)。
他にも当時、高野 利也先生という当時の慶應の微生物学教室(癌遺伝子の研究室)の教授は、学生にどんどん学会で発表してこいと命じられるんでそれに備えてだいぶ練習したこともありましたね。

―自分をピンチに追い込むことが、プレゼンテーション力アップに効果的ということですね。
プレゼンテーション以外の要素として挙げられた「良い研究」をするためには何か手法などありますか?

「良い研究」をする方法はもう決まっていると私は思っていましてね。一つは問題探索能力で、非常に多くの情報があるけれど何が問題か、何をやればよいかといった嗅覚的な働きが必要です。続いて、発見した問題をどうすれば解決できるか考え、そしてその計画を実行に移す力が重要ですね。問題探索→プランニング→実行というこの三段階の中でも、問題を探す部分がとっつきにくいのなら、日頃から物事を批判的に聞く、というのを実践すると良いでしょうね。私も高校の時は理科の授業などで納得いかない説明があると、相手を問わず「これ、おかしくないですか?」と問い詰めていましたし(笑)。先生からすれば非常に嫌な生徒だったでしょうね。その結果だいぶいじられたりもしましたが、それにめげずに批判精神を持ち続けたことが今に生きていると思います。

―これは医学の道に限らず当てはまりそうですね。

そうですね。法学部や経済学部などでも、既に定説となっている論文に対して誤りだと主張する文章を書くことにより、立派な論文や新・学説になりますからね。ただし、自分の勘違いだったでは悲しいから、大量に情報収集して理論武装することになり、そうしたことの積み重ねで偉大な論文が書けるようになるわけです。だからうちの研究室でも、普段から論文を読ませ、どこがキーであるか探し、またこの論文を批判せよという課題を出してトレーニングを積んでいますね。

一般の学生の中でもいろいろ質問・指摘を投げかけてくる子もいますが、始めはおおかた荒唐無稽なことが多いですね。それで相手にされないのだけれども、質問を続けていると次第に着眼点がつかめてきて絶対こうだ、と自信を持って鋭い意見を出すようになる。なので、やはりめげない気持ちが重要ですね。

― 一見簡単そうで難しいように思えます。

あとは、先ほども触れた問題解決に当たる部分を行うために、自分の専門以外のことに関心を向ける ことが大事ですね。問題の発見段階は自分のスペシャリティーの中で探せば良いですが、その解決に当たっては様々な方面からアプローチすると思わぬ糸口が見えてくることがあります。私の研究室に幅広い知識を持った人がいるのもそのためですね。

岡野教授の意外な側面

―それでは岡野教授の内面にさらに迫りたいのですが、これまでの人生で最も誇らしかった経歴は何ですか?

うーん、何でしょうねぇ。難しいなぁ(笑)。
誇らしかったと言えば、高校の収穫祭(※)の時、コーラ早飲み大会に出場して見事優勝したことですかね(笑)。当時、部活以外にはずっと勉強ばかりしていたせいで、周りの連中に半ば強制的にエントリーさせられたんですが、同時に出場した体育会系の猛者たちにも勝利してしまったんで、それ以後は彼らに一目置かれるようになりました。

※収穫祭…慶應志木高で行われる文化祭。

―おぉ…想定外の過去でした(笑)。
では逆に恥ずかしかった経験はありますか?

これは大学に入ってからのことだけど、友人の別荘がある海に行った時、皆で飲みに飲んでいた結果、ある人間のヨイショのせいで様々なことをさせられましたねぇ。いろいろな先生のモノマネをしたり、砂浜に埋められたり(笑)。そのヨイショをした人間というのは今、実は慶應で医学部長をやっているんですがね、今でも彼に仕事を任されると身の危険を感じてしまいますよ。

―だいぶ医学部のイメージが変わりました(笑)。ただ真面目というだけでなく、人間の幅を広げる上でハメを外すことも大事なわけですね。
ではあらためて、研究者に向いているのはどんな人ですか?

まぁ楽観的なことでしょうね。コストパフォーマンスがちょっと悪いと挫けて、他のことに気が離れていってしまう人は向いていないです。私も研究中、ショウジョウバエを8000匹集めて一匹ずつ調べていき、そのうち目的の結果が得られるのは1,2匹だけということもありましたからね。もしそのハエが見つからなかった場合は全てが徒労に帰してしまうわけですが、こういったことに耐えられる人でないと研究は続きません。ただ逆に、あれやこれや試行錯誤しても失敗が連続し落ち込んでいる時、打開策が見つかって実験が成功した瞬間は最高に気分が良いですね。
あとは楽観的になるため理論武装することが大事ですね。この操作をこれだけの量行えばこのくらいの確率で成功するはず、と見通しを持って実験すると、ますます自信が出てきますよね。しだいに、この手法を採用すれば良いといった見当も、いくぶん経験によってですが身に付いてきますし、この段階に入れば人を指導して良い立場になったと思うんですよね。やみくもに絶対失敗することを人にやらせ続けてしまったら、その人は破滅するだけですから。

―なるほど、根拠のある楽観が大事なんですね。では最後が近づいて来たので話を変えて。岡野教授の本を読ませて頂いている時に気付いたことで、頻繁に「散歩」をするシーンが出てきますよね。この散歩をする上で何か極意のようなものはありますか?

研究のことを考えながら散歩をすることもありますが、酷使した脳を一旦リフレッシュさせる為に、何も考えない、ということも取り入れていますね。散歩をすると、普段見ているものとは違う世界が視野に入ってくるので、頭にも新鮮な刺激が与えられて突然のひらめきが得られたり、プレゼンで話すことが思い浮かんだり、やらなくてはならないことを気付いたりと非常に有効ですね。

―ありがとうございます。では最後に学生に向けてメッセージをお願いします。

よく言われることですが、本当にアンテナを張って興味の幅を広げることを心掛けて欲しいですね。その上で、自分の将来の方向性を今のうちにしっかり考えておくこと。社会に出ると自分の意思だけでは決められないことも多く出てくるけれども、方向性さえ見えていれば、途中軌道修正を図ることも可能ですから

―本日はお忙しい中ありがとうございました。

取材:井川裕太、岡田秀介、安田ひろみ