知的資産センターに迫る!
慶應にはたくさんの研究機関がある。しかし、それらが私たちに対しても門戸を開いていることはあまり知られていない。せっかく高い学費を払っているのにもったいない!例えば、今回紹介する知的資産センターは面白い授業を持っているのに、多くの塾生に素通りされている。自分の属している学部やサークルだけでなく、塾内の開かれた機関に対しても目を向けよう!
【羽鳥賢一】
慶應義塾大学知的資産センター所長(教授職)。専門は知的財産、産学連携、技術移転。
―お忙しい中、ありがとうございます。本日は、「知的資産センターとは何か」ということで、知的資産センターについてお伺いして、広報が出来たらと考えております。
それは願ったり叶ったりですね。実は春に三田で全学部・全研究科を対象に知財の授業もやっているのですが、それを来年に向けて拡大できたらと考えています。「知的資産概論」というタイトルです。日吉や矢上、SFC、医学部からも来ていただきたいので、日中でなくて恐縮ですが、水曜日の夜(6限)にポツンとやっています。
その13回の授業の内容は非常に濃いものです。例えば、慶應の医学部を卒業して、単身シアトルでベンチャーを起して、何と自分以外は全員アメリカ人という会社のトップとして堂々と生きている人もいます。そういう人に遥々来てもらって、体験談を話していただいております。他にも、まさに現場の第一線の元気な人を呼んで話していただいて、後半は議論させていただくという大変、面白い授業です。特に文系の方々に取っていただきたいです。深くというには限度がありますが、知的財産の多様な側面を色んな切り口で知ってもらえればと思っています。
ーなるほど、素晴らしい授業ですね。少し「知的資産」についてお聞きしてもよろしいでしょうか?
一口に知的資産といっても非常に広義です。その中で代表的なのが「特許」です。一方、著作権というものがあります。著作権は英語のCopyrightからもわかるように、元々は書籍の「複写権」に過ぎませんでした。しかし、産業が発達するにすれソフトウェアやプログラミング、あるいはコンテンツの権利を指すようになってきました。特許は権利発生に手続きを要しない著作権とは違って、特許庁に申請して認められると権利が発生します。この不況の中、大学が研究の成果を社会で生かすための重要な手段となっています。
ー今、慶應で最も注目されている研究は何だとお考えですか?
注目はいっぱいありますが、例えばiPS細胞ですね。ご存知かと思われますが、これは再生医療の分野の研究です。元々は京都大学の山中教授が世界ではじめて樹立したものです。慶應医学部の岡野教授をはじめ多くの先生方が、疾患別の細胞を作るなど、非常に先進的な研究をしています。こうして人体の組織の一部が再生されると、病気の解明をはじめ、難病の克服など患者から非常に熱い期待があります。昨年、紫綬褒章も授与されました。
ーそれでは特許のビジネスへの生かし方についてお聞きしたいのですが。
一つはその技術を持ってゼロから事業を興す「ベンチャー」があります。概ね、ベンチャーというものは、 大企業に比べてちっぽけな財産しか持っていません。しかし、独創的で将来性のある技術を持っていれば、その事業展開のためにファンドが投資してくれます。その技術の代表として、競争力のある特許を持っているというのは非常に大きな強みになります。それを武器として、大企業や競合相手に戦っていけます。
もう一つは、既存の「企業で生かす」というものがあります。 もともと大学の研究成果というものは、企業では生まれにくい革新的なもの、新しいものが多いかと思います。それを社会に還元するため、知的資産センターのサポートで企業に技術移転するというパターンがあります。
そのプロセスは、まず、研究成果から発明が出た旨のご連絡いただく。次に知的資産センターは、その技術に似たものがないかどうか特許調査し、どこか企業が使ってくれそうかなど考えながら、特許庁へ出願するかどうか決めます。特許の場合、出願するだけでも30万円ほど掛かるので、何でもかんでも出願するわけにはいかない。でも出願しておかないと企業はその技術を導入してくれないので、ここが悩みどころです。この費用は大学が持ちます。また、このときにライセンス契約を交わします。慶應の場合、発明者と大学の取り分は五分五分です。これは他大学と比べて非常に高いリターンですね。過去に私が在籍していたつくばの産総研ですと、発明者の取り分が25%でした。そして無事に出願を終えると、速やかに企業への「技術移転」という作業を行います。
ー今まで知的資産センターが送り出した特許はどのようなものがありますか?
例えば、理工学部の先生が開発したもので、重なり合う小さな液滴の径を計測する技術であったり、身近なところでは「講義録画システム」というものがあります。これは講師の映像とパワーポイントという異なったメディアを一画面で一括して録画する際に、極めて簡単に処理できるようにして、録画後直ちに他キャンパスに発信可能とした優れものです。これが他の大学でも結構使われているんです。あと、慶應義塾で特徴的なのは医学部があることじゃないでしょうか。医学部と矢上(理工学部)との連携、あるいは鶴岡(山形にある先端生命研究所)との連携が強みであると思います。
ーそう考えるとやはり理系が多いですね。
そうなんですよ。世界的に見ても理工学部や医学部等理系の研究者からの発明は多いです。しかし、文系の方も普段ご自身が接する生活環境の中で、「こういうことがあったら便利だな」とか「こういうことがあったら面白いな」などと言ったアイデアから上手く事業化、ビジネスモデル化できることがあるのではないかと思います。また、文と理が融合して新領域を形成することも期待されます。一昨年の授業を履修中の文系の学生が、見易さや扱いやすさを工夫した電子新聞の発明を提案したことがあります。是非チャレンジして欲しいなと思います。
ー授業を通して以外で、学部生との関わりはありますか?
フォーラムやシンポジウムもやっています。例えば「ベンチャー・プライベート・カンファレンス」というものをやっております。 DeNAの南場さんなどを呼んだりして、体験談などを伺っております。そういったイベントも学部生の皆さんには良いチャンスだと思いますね。又、昨年の12月に、授業の外ですが、授業を受けた学生と北京大学の学生とで知財をテーマに、TV討論会を開催するといった活動も行い、慶應の学生は優秀だなーとすごく印象に残っています。学生も新しい引き出しが増えたと喜んでました。
―今、知的資産センターの規模はどれくらいでしょうか?
技術移転を中心となって担っている専門家が10人います。各人の担当の研究者は1対1で決めています。バックグラウンドは、企業の新規事業分野にいた人、知財部にいた人、研究部門にいたPh.d、公的研究機関にいたPh.dなど、多様です。これに、事務部門が6人と、それに私を入れて17人です。企業に義塾の研究成果を使ってもらうための支援、つまり技術移転を中心に取り組んでおります。
ー技術移転というのは、具体的にどういうものでしょうか?
慶應義塾で生まれた研究成果を企業に使っていただくためには、論文を渡したり、特許の明細書をコピーして渡すだけではダメなんですね。特許を何にどのように使うか、有望であるかなど、企業の人たちが実際にビジネスを展開することがイメージできるような加工、プレゼンテーションをやっていく必要があります。
それを受けて、企業の方が実際にビジネスをやってみようかなと思ったら、研究者に詳しくご説明いただく場面も出てきます。うまく実施許諾契約が成立しますと、表に出てこないようなノウハウを含めた技術全てを技術移転し、その後、製品に繋げていただく。そういった手順を技術移転といいます。
特許というものは使われなければ意味がありません。実際に企業で使われて初めて意味を持つものです。しかし使われるかどうかは、発明後しばらくして、あるいは数年たってから判明します。でもそこで特許出願したのでは遅いのです。それは真っ先に特許庁に出願した人だけが特許を得ることができるからです。
企業は新しい技術開発のコストや失敗のリスクを考えて、どうしても慎重になります。しかし、一方で成功した時の利益も魅力的に感じる。更に発展を維持するためには、将来の事業の種も必要です。そういったときに、大学の先生の研究成果を活用するということは非常に意味を持ちます。また、投資家もその研究成果をリスクマネーで支援してくれるので、リスクのある(笑)大学の研究成果は、非常に重要な役割を果たします。
ーなるほど、つまり、「大学(研究者)」「企業」「投資家」の三つのアレンジメントをすることが知的資産センターの役割というわけですね。
その通りです。また、知的資産センターは慶應発ベンチャーの起業支援という役割も果たします。慶應の知財を基に、研究者や学生が興したベンチャーに対して最大100万円を出資する制度を慶應義塾は有しています。国立大学では株の取引は制限されていますので、この点は慶應義塾の強みでもあります。
ー実際に慶應義塾発のベンチャーもたくさん誕生しているわけですね?
そうですね。ただ、数年前のライブドアショックを期に、投資家がお金を引いてしまったので一気に少なくなってしまいました。本当はこういった投資は中長期的視点で行うべきで、むしろ景気が冷え込んだときによい技術や製品を送り出して利益を上げることが必要だと私は思うんですけど、投資家は誰かが手を引くと皆、手を引いてしまいますね(笑)。
それでも今年は、研究者の不屈の魂で、現時点で2つのベンチャーが誕生しました。
ーそれはやはり先生がベンチャーを興すというパターンが多いでしょうか?
そうですね。ただ、学生が興すこともあります。例えば、一昨年に起こされた会社に「スパイバー」があります。クモの糸を大腸菌を利用して工業的に生産して強力な繊維として売り出そうというものです。これはSFCの学生の関山君らがはじめたのですが、もう既に3億円を超える資金を集めております。今後が期待されます。また、古くは慶應発の知財に基づくベンチャー第1号でV-cubeという会社もあります。当時理工学部の学生だった間下君は、既に百数十人を使う会社の社長で、インターネットを使ったTV会議では日本でナンバー1のシェアを誇っています。
ー知的資産センターとしては、投資家との関わりというものはどのようになっておりますか?
それは頻繁にはないです。例えば学内でベンチャーが起きるとき投資機関を紹介するのはもちろん、逆に投資機関がいい投資先の紹介を求めてきたりもします。この両方がありますね。特に今は、良い投資先がなかなか見つからない時代なので、投資機関は積極的です。
ー不況でも、お金はあるところにはあるんですね(笑)。ちなみに、新しい技術が出来たなどの情報はどうやって得ているのですか?
基本的に、ある日突然、研究者の方から「ちょっと良い発明をしたんだけど検討してもらえませんか?」という知らせが知的資産センターの方に来るようになっています。知的資産センターのホームページには、発明提案の書式が掲載されてます。その提案に基づいてこちらで検討することになります。手順のタイムテーブルとしましてはここは、「提案」の部分にあたります。その次に実際に研究者の方と会ってお話を伺うのが「インタビュー」の部分です。そして、研究者の頭の中で創作された発明が、権利として慶應義塾に移譲する手続きが次の「承継」です。その際には大きく二つの基準があります。一つは「新規性・進歩性」ですね。従来に無かったものでないと、出願した後で特許庁の審査官に拒絶されてしまいます。もう一つは企業が使ってもらえそうかです。基礎過ぎて、特許に向かない成果もあるかと思います。いくら素晴らしくても、これが実用化されるのは50年後だろう、という成果だと、特許権の有効期限は出願から20年なので、知的資産センターとしては支援が難しいかなと思います。
これらの手順を踏まえて出願します。出願したあと速やかに、技術移転に向けた活動を国内外に展開します。特に製薬業界を中心に、特許が無いと先に繋がりません。それだけ特許というのは、企業にとって事業展開の基盤となっています。
ー脱工業社会が到来して、これから知的資産の価値はどんどん上がっていくという見方が有力ですが、これから学生、特に学部生はどのようなことを勉強すべきだとお考えでしょうか?
日本が今後、国際社会の中でどのような競争力をもって発展していくのかを考えていきますと、どこかのモノマネでなく自ら付加価値のある知的創造を行い、それを世界に発展させていくべきだと思います。この「科学技術駆動型の成長戦略」が日本の生きる道ではないでしょうか。
その際に、どうやってその技術を守るべきなのかを考えると、重要なのは知的資産としてキチンと必要な権利を確保した上で世界に発信することだと思います。
ですので、これから皆さんが社会に出て行く中で、知的財産、知的資産という言葉に遭遇する機会がこれまで以上に増えてくると思います。そういったときに、はじめて耳にするのではなくて、学生のときに、少しでも遭遇していると良いのではないかと思います。
大学で「知的資産を教える」という言葉には二つの意味があるかと思います。一つは法律を学ぶということ。広くて強い特許を取る等で活躍する弁理士や弁護士になるための法律を勉強するということですね。もう一つは、実社会で特許を生かすための実務について学ぶこと。私はこの後半の、現場の実務で、特許等知的資産をどう生かすかを中心に講義しています。もちろん、両方学ぶのが素晴らしいのですが、私が開講している実務の方は、広く色んな学部学科の学生の将来のために役に立つのではないかと信じます。
ええ、オリエンテーションは三田で4月6日午後1時517教室で、日吉で7日午後1時に行いますので、是非来てください。一人の質問のチャンスは減るかもしれませんが、私としては各方面の現場の第1線で活躍する人を呼ぶので、もったいないので、多くの人に来て、議論に参加し、質問していただきたいですね。
ーお忙しい中、ありがとうございました。
