イベントレポート # 70 [12/01/29]

南三陸 これからの復興支援を考える―活動報告とシンポジウム

DSC00215東日本大震災から10カ月以上が過ぎたが、被災地では未だに多くの人々が大きな不安を抱えながら生活を送っている。
2011年の夏から始まり、この春休みにも行われることとなった『慶應義塾・南三陸プロジェクト』。慶應義塾の学生である参加者がどんな支援を行い、何を感じたのか。12月に行われた当プロジェクトのシンポジウムをレポートする。

『南三陸 これからの復興支援を考える―活動報告とシンポジウム』

主催:慶應義塾・南三陸支援プロジェクト 慶應塾生新聞会

パネリスト:佐藤久一郎(南三陸森林組合代表理事組合長)

清家篤(慶應義塾塾長、東日本大震災復興構想会議委員)

長沖暁子(慶應義塾大学経済部准教授、南三陸支援プロジェクト代表)

※パネリストとして参加を予定されていた浅野史郎教授は体調不良のため欠席

東北地方を襲ったあの東日本大震災からもう10か月が経とうとしている。テレビなどのメディアでは以前に比べて報道が減ってしまったが、東北地方での復興活動は今も変わらず続けられている。本学でも7月の終わりから8月にかけて復興支援のボランティア活動が行われた。それが「慶應義塾・南三陸支援プロジェクト」である。

今回は南三陸支援プロジェクトの活動報告等が行われたシンポジウムの概要を紹介する。

≪第1部 活動報告会≫

まず、なぜ南三陸町に行くことになったのか。実は南三陸町には本学が保有する森があり、また慶應義塾志木高校の2年生が同町で臨海研修を行ってきたこともあって、このプロジェクトは南三陸町に目を向けることとなった。当プロジェクトでは、「被災地」に赴くという上から目線の立場ではなく、実際に「南三陸」へ赴くということを心掛け、また、参加した学生たちは「南三陸」の人々との交流をスムーズに行うべく、現地の文化や歴史などについて事前の学習を行なった。

プロジェクトは10期に分かれて活動が行われ、のべ223人の学生(卒業生3名)と39人の教員が参加した。被災した地域でのボランティア活動というと瓦礫の撤去などがすぐに思い出されるかもしれないが、このプロジェクトではそういったものだけではない。第1部での報告会を基に、その活動について詳しく紹介していく。

1、「お茶っこ」

被災した地域の仮設住宅では様々な地区からの入居者がいるため、コミュニケーションが不足したり、人によっては孤立してしまう人も出てくるそうだ。そこで「お茶っこ」とう活動が行われた。主な活動内容はコミュニティカフェの運営と仮設住宅の訪問である。コミュニティカフェでは、テントの中でソフトドリンクやお菓子を提供したり、世間話をしDSC00216 たりといった活動を行った。仮設住宅訪問では、イベント情報や自治会日程などを掲載した広報誌「たこ通信」の配布を行った。これらの活動は、「直接話をして交流を行う」ことを目的として行われたが、活動を行った学生の話では当初かなり苦労したようである。「被災者」と一括りにいえども、被災した人たちの境遇が皆一緒だということではない。家をなくした人もいればそうでない人もいるし、家族を亡くした人もいればそうでない人もいる。したがって、コミュニケーションの取り方を一人一人考えて行う必要があるのである。また、活動を開始したころは現地の人たちになかなか話してもらえず、目も合わせてもらえないこともあったそうだ。しかし、根気強く活動を継続し、また事前の学習で学んだ、自分の感情をぶつけるのではなく相手の考えをきちんと受け入れる「傾聴スキル」を生かしていくことで、現地の方々は次第に心を開いてくれたようである。

2、「ベンチ作成」

2つ目はベンチの作成である。どうしてベンチを作るの?と思った人もいるかもしれないが、先ほども述べたように仮設住宅ではコミュニケーションが希薄になりがちである。そこで、仮設住宅に住む人々がお互いに会話し、情報交換をする場所をつくり、そこで新たなコミュニティを形成するために仮設住宅にベンチを設置したのである。製作に携わった学生の話では、仮設住宅に住む方々にも非常に喜んでいただけてとても達成感があったそうだ。このプロジェクトを通じて、現在では31脚ものベンチが製作・設置された。

3、「福興市」

南三陸町では4月から毎月最終日曜日に「福興市」と呼ばれるイベントが行われており、復興のシンボルとなっている。このイベントは地元に活気を取り戻し、また支援物資を受け取って生活してきた人たちに、お金を使って物を買うという感覚を取り戻すことを目的としている。南三陸支援プロジェクトは2回この福興市に参加した。初回は南三陸町の写真展で震災前後の様子を知るとともに語り部の方から震災後の体験を聞き、そして2回目は福興市に店舗を出店しそこでチャリティTシャツと海藻おしばしおりの販売などを行った。

4、「学習支援」

最後に紹介するのが、小学生から高校生までの子供たちを対象にした「学習支援」である。現場の努力もあり学校の授業は再開されているものの、慣れない避難所や仮設住宅では落ち着いて勉強できる環境がないため、授業の予習復習を行うのが困難であるという状況があった。そこで、学生たちが避難所や仮設住宅を訪れて、主に、午前、午後、夜に勉強を教える活動をしたのである。その他にも、現地の仮設住宅では遊び場が不足しており、また独りぼっちになってしまうという状況も起こるため、学生が子供たちの面倒を見る学童保育も行ったそうだ。

東日本大震災は日本に未曾有の被害をもたらし、土地や建物を破壊しただけでなく、人々の心にも大きな傷を残した。この震災で精神的に不安定になり、不眠症やうつ病になった人々も少なくないという。行政や国の支援活動ではカバーすることのできない問題に対応していったのが、今回のこのプロジェクトだったのである。学生ボランティアだからこそできる細かな気配りやコミュニケーションで、人々の心の隙間を埋めていくことができたのだろう。学生ボランティアの働きかけが、失われていた人々のコミュニケーションや東北地方の活気を取り戻す契機となったのではないだろうか。こういった、人々の心に寄り添った活動を継続して行うことで、被災した人もそうでない人も手を取り合い、復興に向けて進んでいくことができると私は思う。

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≪第2部 パネルディスカッション≫

続く第2部では、まずパネリスト3名の挨拶があり、その後ボランティア参加学生2名を交えてのディスカッションが行われた。

挨拶ではそれぞれの立場からみた本プロジェクトの意味、復興への考え、そして慶應義塾の役割などについて語られた。(概要は下記記載)

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パネルディスカッションでは「復興とは何か」「復興のために慶應義塾ができることは何か」「復興が遅れているのはなぜか」という質問に対して、パネリストによる意見交換が行われた。さらに参加者から慶應義塾への要望や意見が寄せられ、単なる報告会と言うだけでなく慶應義塾の今後の在り方を考える場となったのではないだろうか。

震災から10カ月が過ぎた今、慶應義塾と深いかかわりを持つ南三陸に何ができるのか。震災を他人事で終わらせないためにも、今後もこのようなプロジェクトと報告会に多くの学生が参加することを期待したい。

南三陸支援プロジェクト http://web.keio.jp/~edo/minamisanriku/

3月から春休みのプログラムが開催予定!少しでも興味があれば上記HPへ!

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≪挨拶概要≫

長沖准教授「ボランティアで行く以上、決して現地の方々に迷惑をかけてはいけない。そのためにプロジェクト参加希望者にはワークショップや勉強会を義務付け、ボランティアとしての心構えや傾聴スキル等を勉強してもらいました。(中略)開始当時の1,2期は現地の方々とコミュニケーションを取ることも大変でした。期を重ねていくことでようやく受け入れてもらえるようになりましたね。(中略)教育という点においても、『起きたことをきちっと認識し、どうすべきか考える』ことが重要。そのためにもこうした活動は継続すべきだと思います。」

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佐藤氏「被災地に暮らす人々はどう生きていくのか考えなければならない。仕事をしなければならないんです。(中略)南三陸は高齢者の割合の高い地域です。そこに若い人が訪ねてくれるだけで力をもらえる。塾長、ぜひ、安い出費で来られるような制度作りをお願いします。そして、慶應には研究の成果や技術を教えてほしい。それを生かせればよりよい復興となるはずです。」

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清家塾長「福沢先生の教えに復興に必要な力として『実学・公知・徳心』という3つの精神があります。実践を重視する実学、優先順位をつけ、大きな物事から先に片づけていく公知。そして救援をしたいと思う徳心。Cool-head(実学と公知)とWarm-heart(徳心)を持ち合わせて復興を考える必要があります。さらに、この震災で20万人分の雇用機会が失われました。いまだに10万人分の回復にとどまっています。1月ごろから失業保険が切れ始めるという問題にも取り組まなければなりません。」

取材:安田ひろみ、渡辺喬哉